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東京地方裁判所 平成3年(手ワ)300号 判決

原告

株式会社コミヤ

右代表者代表取締役

小宮清美

右訴訟代理人弁護士

高橋保治

當山泰雄

被告

田口巖

右訴訟代理人弁護士

中野公夫

藤本健子

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求(甲請求、乙請求ともに)

被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成三年四月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対し、手形債務の民事保証債務(甲請求)又は原因債務の民事保証債務(乙請求)を選択的に主張して、三〇〇万円と遅延損害金の支払を求めた事案である。

(甲請求)

一請求原因

1 田口正義(正義)は、別紙約束手形目録記載の約束手形一通(本件手形)を振り出した。

2 被告は、原告に対し、平成元年一二月四日、正義の原告に対する本件手形の振出日と受取人欄の白地の補充を条件とする右手形債務を民法上保証した。

3 原告は、本件手形は、訴え提起前に、振出日を平成元年一二月四日、受取人を田口巖と補充した。

4 原告は、第一裏書人田口巖、第一被裏書人白地との記載がある本件手形を所持している。

5 原告は、被告に対し、平成三年四月四日に送達された訴状により本件手形金を請求した。

よって、原告は、被告に対し、保証債務の履行請求として、手形金三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成三年四月五日から支払済みまで手形法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は、満期の点を除き、認める。満期は、平成二年三月六日であった。

2 同2の事実を否認する。

3 同3及び4の各事実を認める。

(乙請求)

一請求原因

1 原告は、正義に対し、平成元年一二月四日、一〇〇万円を弁済期平成二年三月六日、利息日歩一四・一銭と定めて貸し渡した。

2 原告は、正義に対し、平成元年一二月四日、二〇〇万円を弁済期平成二年三月六日、利息日歩一四・一銭と定めて貸し渡した。

3 被告は、原告に対し、平成元年一二月四日、正義の原告に対する右借入金債務につき保証した。

4 原告と正義は、後に、1と2の借入金債務の弁済期を平成二年一〇月六日まで延期した。

よって、原告は、被告に対し、保証債務の履行請求として、借入金三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成三年四月五日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二請求原因に対する認否

1 請求原因1、2及び4の各事実は知らない。

2 同3の事実を否認する。

第三理由

一本件全証拠によっても甲請求の請求原因2の事実を認めるに足りない。

二本件全証拠によっても乙請求の請求原因3の事実を認めるに足りない。

三1  もっとも、原告代表者小宮は、「被告は原告に対し、電話で正義の手形債務を保証した」趣旨の供述をしており、〈書証番号略〉には、「田口正義と貴社との間に於ける貸借に関し手形保証をした」旨の記載があるので、検討する。

2  証拠(〈書証番号略〉、証人田口正義、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、貸金業者である。小宮清美が代表取締役をしている。

被告は、正義の父である。被告は、昭和二七年から昭和五五年まで総武信用組合の理事長をしていた。

(2) 原告は、昭和六〇年ころ、正義の経営していた株式会社兼正に対して貸付をしたが、右会社は右借入金債務を返済できず、被告が右金員を代位弁済したことがあった。

(3) 原告は、平成元年九月ころ正義から三〇〇万円の貸付を求められたが、かつての経験から正義を信用するよりも被告を信用して正義に貸付けることとし、被告に保証してもらうよう求めた。そこで、正義は、自己振出名義の手形を作成するとともに、被告に保証を依頼して右手形に裏書をしてもらった。原告は、平成元年九月七日電話で被告に右手形保証の意思を確認の上、正義に対し三〇〇万円を弁済期同年一〇月六日と定めて貸し渡した。しかし、正義は右弁済期に支払えなかったため、同年一〇月六日、一〇〇万円については同月二五日、二〇〇万円については同年一一月六日とそれぞれ弁済期を定めた。そのうち一〇〇万円は同年一〇月二二日に決済された。その後、原告は正義に対し、同年一一月七日に二〇〇万円を弁済期同年一二月四日と定めて貸し渡した。また、被告は正義に同年一一月二四日新規に一〇〇万円を弁済期同年一二月四日と定めて貸し渡した。

(4) ところが、正義は、平成元年一二月四日になっても右金員を支払えなかったため、本件手形(ただし、満期は平成二年三月六日)を振り出すとともに、被告に依頼して、手形保証の趣旨で本件手形に裏書をしてもらった。その際、原告代表取締役小宮は、被告に対し、電話をかけて保証のため裏書をしたかを確認したところ、被告は、「私が保証するのはこの三〇〇万円だけだよ。」と言った。そこで、原告は同日正義に対し、右手形を担保にして三〇〇万円を貸し渡し、この金員で平成元年一一月七日付けの貸付金二〇〇万円と同月二四日付けの一〇〇万円の貸付金を弁済してもらった。

(5) しかしながら、本件手形の当初の満期の平成二年三月六日に正義は借入金債務を返済できなかったため、満期は平成二年六月三日に変更され、さらに平成二年一〇月六日に変更された。この変更につき、支払期日の欄に正義の印章の印影が一つ押印されているだけであり、被告の印章による印影はない。

(6) 本件手形は、振出日と受取人欄が白地のまま、平成二年一〇月八日に支払場所に呈示された。その後、原告は、本件手形につき、振出日を平成元年一二月四日、受取人欄を田口巖とそれぞれ補充した。

以上のとおり認められる。

証人田口正義の証言中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、被告が本件手形に裏書をした直後に原告代表者が被告に電話をかけて、被告に保証のために裏書をしたかどうかの確認したことが明らかである。そうすると、右の事実によれば、右電話での確認の際、正義に対する条件付手形債権者である原告が、被告に対し、右債務につき民法上の保証を要求する旨の意思表示をもしたと見る余地がある。しかしながら、このことは原告の電話での表現からは必ずしも明白ではなく、単に、保証の趣旨で裏書をしたのかを確認する趣旨にも取れるのである。また、原告による電話での確認に対して被告が「三〇〇万円を保証する」と応答したこと自体、その表現はもとより前記認定の経緯からみても、被告が正義振出の額面三〇〇万円の本件手形(満期は平成二年三月六日)に保証の趣旨で裏書をしたことを承認しただけとも解することができる。このように、右電話での会話のみから、被告が条件付手形債務を民事上保証することまでを承諾したものと認めるには足りない。また、右の電話のやりとりから、被告が原告に対し、右手形の原因債務である正義の原告に対する三〇〇万円の借入金債務につき、民法上の保証をすることを承諾したと解することもできない。

3  また、〈書証番号略〉は、被告が原告に宛てた平成二年一〇月九日付け内容証明郵便であるところ、この中には、「田口正義と貴社との間に於ける貸借に関し、手形保証は確かに昨年いたしました」との記載がある。

ところで、前記2で認定したとおり、被告は正義の本件手形債務につき手形法上の保証をしたことはなく、本件手形に保証の趣旨で裏書をしたものであるから、〈書証番号略〉における「手形保証」なる表現の意義は、被告が保証の趣旨で手形裏書をしたことをいうか、又は、手形債務につき民法上の保証をしたことをいうかのいずれかであると解される。

また、〈書証番号略〉の記載全体をみても、被告は、手形保証をしたことを認めた後で、これに引き続き、「あくまで、貴殿との電話の話は、平成二年三月六日までの約束で、その後、一切、保証はしていないし、又、貴殿よりの連絡も受けていません。保証手形に関しては、平成二年三月六日付けの、貴殿よりの、預りコピーを保管いたして居ります、従って、今後、貴社との保証に関する話し合いは出来ませんので、御了承下さい。又、債権、債務に関する問題は、当事者間で解決される様に願います。」と記載されているのであり、被告の究極の意図が、被告は手形保証の責任を負わないことを表明することにあることは明らかである。このような記載全体から被告の真意を推測すると、被告は正義振出の満期が平成二年三月六日の手形に保証の趣旨で裏書をしたことは認めるが、その後の満期の変更については被告は何ら承諾していないから、満期が平成二年一〇月六日である本件手形につき裏書人としての責任を負わないという趣旨にも理解できるのである。

このように、〈書証番号略〉の中の「手形保証はいたしました」という文言の意義について、被告が正義振出の本件手形(満期が平成二年三月六日)に保証の趣旨で裏書をしたことのみを認める趣旨であるとも解することができる以上、右文言のみから、直ちに、被告が正義の本件手形債務を民法上保証したことまでも承諾したことを意味すると解することは許されないというべきである。

4  他に、甲請求の請求原因2の事実や乙請求の請求原因3の事実を認めるに足りる証拠はない。

四以上によれば、原告の本訴請求は、甲、乙請求ともに理由がない。

(裁判官畠山稔)

別紙約束手形目録

金額 三〇〇万円

満期 平成二年一〇月六日

支払地 東京都江戸川区

支払場所 総武信用組合平井支店

振出日 白地

振出地 東京都江戸川区

振出人 田口正義

受取人 白地

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